占い

ほしよみ堂オーナー 中島多加仁の『占い入門』 第2回

── 第2回 ──
性格や相性が気になる気質だから日本で占が流行った

日本人にとって占いは、暮らしのリアルな問題でもあります。赤ちゃんの命名からパートナー選びや家探しに、占いを参考にします。
雑誌やテレビ番組は、不特定多数を相手に作られていますから、表現方法は類型的でなければなりません。占いの記事を信じる人は、占いの「内容」と「自分」とが必然の糸でつながれているように感じています。
ただ漠然と、思い当たるふしがあるかのように。とくに日本人に根強いのは血液型診断です。昔から日本では、A型の人は几帳面で、B型は自分勝手、O型はズボラ、AB型は変人…など、血液型ごとにステレオタイプな性格イメージが定着しています。
血液型が発見されたのは1900年で、それから「血液型と性格」についての研究が行われました。なぜ日本で血液型がブームになったかというと、4つのタイプが絶妙なバランスで存在するからです。日本人は…A型が約40%、O型が約30%、B型が約20%、AB型が約10%と、まんべんなく別れているのです。しかし諸外国では血液型の分布に偏りが多く、たとえば南米のグァテマラでは、O型が全体の95%を占めています。これでは、血液型で性格を診断できません。
また日本人は、他人に気を使い過ぎる民族です。他人の性格や自分との相性が気になってしかたがないのです。

血液型が発見されたのは1900年で、それから「血液型と性格」についての研究が行われました。なぜ日本で血液型がブームになったかというと、4つのタイプが絶妙なバランスで存在するからです。日本人は…A型が約40%、O型が約30%、B型が約20%、AB型が約10%と、まんべんなく別れているのです。しかし諸外国では血液型の分布に偏りが多く、たとえば南米のグァテマラでは、O型が全体の95%を占めています。これでは、血液型で性格を診断できません。
また日本人は、他人に気を使い過ぎる民族です。他人の性格や自分との相性が気になってしかたがないのです。

『東の気学、西の推命』

四柱推命は、1100年代に徐子平という人物が著した本がもっとも古いため、徐子平が「命学の祖」といわれています。江戸時代の中期に輸入され、儒学者である桜田虎門が『推命書』という名称で訳本を出します。
しかし桜田虎門は四柱推命の専門知識が薄く、翻訳の質では疑問点が多くみられます。それに比べて気学という占いは中国には存在しません。気学が関東で流行った理由は、天海僧正が徳川家を15代270年の覇王にした伝説にあります。その神秘に感銘した園田真次郎が、古来中国より伝わる「九星」と「陰陽五行」と「十二支」を組み合わせ『気学』と呼称したのです。

九星気学は東京で流行り、四柱推命は関西で定着している」という意味です。明治時代に阿部泰山氏が、関西で四柱推命を広めました。そして大正時代に園田真次郎氏が、九星気学を関東で広めました。それゆえ関東と関西では、占いのニーズが違うのです。
九星と十二支は…年・月・日・時のそれぞれにありますが、年と月だけで日を使わないため、四柱推命と比べると、かなりざっくりとした占いです。しかしながら人気は高いんです。より簡単な占いは敷居が低いので流行りますが、簡単であればあるほど的中率も浅くなってしまいます。なので、まずは簡単な占いから入って、次第に複雑な占術をトライされると良いでしょう。